ゴミ屋敷清掃の現場では、思いもよらない場所から現金や貴金属が発見されるという、ミステリアスなあるあるが存在します。決して裕福な家庭でなくても、ゴミの山の下から数十万円、時には数百万円単位の現金が見つかることが珍しくありません。これは、住人が銀行に預けるという行為すら面倒になり、タンス預金ならぬ「ゴミ預金」のような状態になってしまった結果です。封筒に入ったままの給料袋、小銭が詰まった無数のペットボトル、ゴミの中に紛れた財布など、形態は様々ですが、共通しているのは「持ち主がその存在を忘れている」という点です。物を溜め込むことで不安を解消しようとする習慣は、そう簡単には治りません。再発を防ぐためには、清掃後のアフターケアとして、心理的なサポートや定期的な訪問が極めて重要になります。「物を持たない暮らし」の良さを説くだけでなく、住人がなぜ物を溜め込んでしまうのかという根本的な原因、例えば喪失感や自己肯定感の低さにアプローチする必要があります。管理能力を失った脳は、目の前にあるゴミの処理で手一杯になり、自分の財産という重要な情報さえも上書きして消し去ってしまいます。清掃員が「これ、現金が出てきましたよ」と伝えても、住人が「へえ、そうなんだ」と他人事のように反応する場面は、ゴミ屋敷の闇の深さを物語っています。お金という、本来であれば自由や安心を得るための手段が、ゴミの中に埋没することでその価値を完全に消失しているのです。また、貴金属だけでなく、かつて大切にしていたであろう思い出の品、例えば写真や親の形見なども、悪臭を放つ生ゴミのすぐ隣で朽ち果てていることがよくあります。物を大切にするという感覚が、物を単なる「体積」としてしか認識できない感覚に取って代わられてしまう。それがゴミ屋敷の恐ろしさです。清掃を通じて発掘されるこれらの財産は、住人が再び人生をやり直すための資金となることが多いですが、同時に「自分がいかに大切なものを見失っていたか」という事実を突きつける、残酷な鏡としての役割も果たします。
ゴミの中に眠る埋蔵金と忘れられた財産