行政代執行によって家の中が空っぽになった日の夜に、私は何十年ぶりかで自分の部屋の「床」を見ました。しかし、そこにあるのは清潔感や喜びではなく、まるで自分の内臓をすべて抜き取られたような、耐え難い空虚感でした。行政の人たちは「これで新しくやり直せますよ」と優しく言ってくれましたが、私にとって、あのゴミの山は単なる不要物の集まりではありませんでした。一つ一つの空き缶や、何層にも重なった新聞紙、古びた衣類には、私が外の世界で傷つき、孤独に耐えてきた時間の重みが染み込んでいたのです。それらが一瞬にしてトラックに投げ込まれ、処分されていく光景は、自分の人生そのものを否定されているようでした。執行直後の数日間は、真っ白な壁と広い空間が恐ろしくて、部屋の隅で膝を抱えて過ごしました。何もなくなった部屋に響く自分の呼吸音さえも、他人のもののように感じられました。しかし、一週間ほど経った頃、近所に住む民生委員の方が、小さな鉢植えを持って訪ねてきてくれました。「新しい窓から光が入るようになったから、これを育ててみない?」と。その小さな緑を見たとき、不意に涙が溢れました。これまでゴミという壁で遮っていた日光が、私の部屋をこんなに明るく照らしていたことに、その時初めて気づいたのです。行政執行という強硬手段は、私にとっての「死」に近い体験でしたが、同時に、社会が私を見捨てていなかったという強烈なメッセージでもありました。私のために、何十人もの大人が汗を流し、何日もかけて対話を続けてくれたこと。その事実が、私の冷え切った心を少しずつ溶かし始めました。今は、福祉の方の助けを借りながら、一日に一回、決まった時間にゴミ出しをすることから練習をしています。失ったものは大きいけれど、空っぽになった空間は、新しい何かを置くための「余白」なのだと考えるようにしています。再出発への道はまだ遠いですが、今は、朝の光が差し込むこの広い床を、毎日雑巾で拭くことが、私の生きる目的になっています。