父が亡くなり、長年一人暮らしをしていた母も施設に入ることになったため、私は十数年ぶりに実家へ戻りました。そこで目にしたのは、かつての美しい庭の面影が微塵も残っていない、ゴミと樹木が複雑に絡み合った「ジャングル」でした。門扉を開けようとしても、内側から押し寄せる雑草と不法投棄されたようなガラクタの山に阻まれ、数センチしか開きません。なんとか隙間から入り込んだ私が目にしたのは、高さ二メートルを超えるカヤの群生と、その足元に地層のように積み重なったゴミの山でした。母は元々ガーデニングが趣味でしたが、いつからか「物を捨てる」という行為ができなくなり、庭に不用品を出すことが習慣化していたようです。古びたプラスチック製の椅子、穴の開いたブルーシート、いつか使おうと思っていたらしい建築資材の端材、そして中身が腐敗して真っ黒になった無数のゴミ袋。それらが長年の雨風で土に還りかけ、そこに野良猫の糞尿が混ざり合い、筆舌に尽くしがたい異臭を放っていました。さらに恐ろしいのは植物の生命力です。手入れをされなくなった庭木は、ゴミを飲み込むようにして成長していました。放置された自転車の車輪を、庭のツタがまるで血管のように締め付け、一体化させている光景は、自然が文明を侵食するディストピア映画のワンシーンのようでした。私は近隣の方々に頭を下げ、まずはこの庭を「更地」に戻す作業から始めましたが、その道のりは想像を絶するものでした。鎌を入れれば、茂みの中から巨大なムカデが這い出し、足元のゴミを動かせば、ネズミが四方に逃げ惑います。たった数平方メートルのゴミを取り除くのに、大型のゴミ袋が十枚以上必要となり、それを運び出すだけで体力の限界を迎えました。作業を進めるうちに、土の中から古い家電製品や、錆びてボロボロになった農機具まで出てきたとき、私は絶望のあまりその場に座り込んでしまいました。庭という空間は、放置すればこれほどまでに人間を拒絶する暴力的な場所に変わるのかと痛感しました。結局、専門業者に依頼して重機を入れ、ゴミと化した樹木を一掃してもらうのに、軽自動車が一台買えるほどの費用がかかりました。かつて私が走り回っていたあの芝生の庭を取り戻すのに、これほどの対価を支払わなければならない現実は、あまりにも重い教訓となりました。
私が体験した実家の庭の樹木とゴミが一体化したジャングルとの戦い