かつて私は、自分の部屋をゴミ屋敷にしてしまった当事者でした。その頃の記憶を辿ると、真っ先に思い出すのは、あの絶え間なく続くコバエの「羽音」です。最初は、キッチンの三角コーナーに数匹いる程度でした。しかし、仕事のストレスでゴミ出しができなくなり、コンビニ弁当の容器が床を覆い尽くすようになると、コバエの数は幾何級数的に増えていきました。耳元をかすめる「プン」という小さな音。それが一日中、何十、何百と重なり、頭がおかしくなりそうでした。食事をしていても、箸を動かすたびにコバエが舞い上がり、飲みかけのコーラの缶の中には、常に数匹の死骸が浮いていました。それでも私は、ゴミを捨てる勇気が持てませんでした。ゴミを捨てるということは、自分がここまで堕落してしまったことを世間に認めるような気がして、怖かったのです。ある夜、布団に入って眠ろうとしたとき、顔の上に何かが這う感触がありました。慌てて電気を点けると、白いシーツが点々と黒いコバエで覆われていました。その光景を見た瞬間、私の心の中で何かが折れました。「もう、自分一人の力ではどうにもならない」。私は泣きながら、ネットで見つけた特殊清掃業者に電話をしました。翌日、防護服に身を包んだ業者さんたちが来たとき、彼らは私の惨状を見ても決して笑わず、「大丈夫ですよ、今日でこの虫たちとお別れしましょう」と言ってくれました。作業が始まり、ゴミが運び出されるたびに、部屋の中からあの不快な羽音が消えていくのがわかりました。床が見え、薬剤が撒かれ、最後には清々しいほどの無音の空間が戻ってきました。窓を開け、数ヶ月ぶりに外の空気を吸ったとき、私は自分がどれほど深い闇の中にいたのかを痛感しました。コバエの羽音は、私という人間が社会から切り離され、腐敗していく予兆だったのかもしれません。今は、清潔な部屋で静かな夜を過ごしています。もし今、あの羽音に悩んでいる人がいるなら、どうか恥を捨てて助けを求めてほしい。あの音から解放されたとき、初めて人生をやり直すことができるのです。
コバエの羽音に包まれて過ごした私のゴミ屋敷脱出記