行政代執行によってゴミが物理的に排除されたとしても、その物件が直ちに居住可能、あるいは売却可能な状態になるわけではありません。長期間ゴミ屋敷化していた物件には、目に見えない甚大なダメージが蓄積されており、資産価値は著しく毀損されています。まず深刻なのが、建物の構造部への影響です。物の価値というのは極めて主観的なものであり、法律においても「廃棄物」の定義は、占有者が自ら利用し、または他人に有償で売却することができないものを指します。しかし、行政執行の現場では、この定義に客観的な視点が加味されます。たとえ所有者が「使う予定がある」と主張しても、それが何年も雨ざらしになり、腐敗して原型を留めておらず、害虫の発生源となっている場合、社会通念上それは「ゴミ」とみなされます。居住者が物に執着する心理には、喪失感を物で埋めようとする「ため込み症」や、自分を守るための防壁として物を積み上げる防衛機制が働いています。積み上げられたゴミの重みは、木造住宅であれば床板を歪ませ、土台を腐らせます。特に水分を含んだ生ゴミや、ペットを飼っていた場合の糞尿などは、フローリングを通り越して基礎のコンクリートまで侵食し、強烈な臭気成分を建材に染み込ませます。代執行後の原状回復において、最も困難なのがこの「消臭」のプロセスです。市販の消臭剤では全く歯が立たず、高濃度のオゾン脱臭機を使用したり、壁紙どころか石膏ボードや断熱材まで全て撤去して、スケルトン状態にする「解体」が必要になることも珍しくありません。また、害虫の被害も深刻です。ゴミの山を温床として増殖したゴキブリやネズミは、配線をかじって火災のリスクを高め、壁の裏側に無数の死骸や糞を残します。これらの駆除と洗浄には特殊清掃の技術が不可欠であり、通常のハウスクリーニングの数倍から十数倍のコストがかかります。さらに、庭にまでゴミが溢れていた場合は、土壌汚染の懸念も出てきます。有害な液体が土に染み込んでいれば、土の入れ替えという大掛かりな土木工事が必要になります。これほどの修復費用をかけても、近隣には「元ゴミ屋敷」という悪評が定着しており、売却価格は相場を大きく下回らざるを得ません。行政代執行はあくまで「公衆衛生上の危機」を脱するための応急処置であり、資産としての不動産を再生させるためのものではないのです。大家や相続人にとって、行政執行は解決の始まりではなく、多額の負債と向き合う過酷な現実の始まりであることを、覚悟しなければなりません。
行政執行が行われた物件の資産価値と原状回復にかかる膨大な労力